酷いパクり

クラウゼヴィッツ戦争論」をちょっとだけ齧ったので、内容をあまり理解してないけどポケモン用メモとして掲載。戦争を対戦として置き換えた。
ほぼ無限の選択肢がある戦争に対し、選択肢が限定されるゲームであるポケモンは、その性格上戦争論がそぐわない点もあるが、参考になる部分も多分に存在する。



理論は万能ではない。「研究と観察、理論と経験は相互に決して軽蔑し合ってはならず、ましてや相互に排除し合ってはならない。研究と観察、理論と経験は相互に相手を保証しあう関係にある」理論が現実から大きく隔たることは本末転倒だ。理論的な分析と歴史上の事実(経験)による証明が、対戦を理解するための重要な手段である。

対戦を理論化する問題点
 理論家が対戦をいくつかの法則に集約しようと試みたことは、現実を無視した過度の単純化かもしれない。
 対戦という複雑な現象においては、唯一や絶対の法則などはない。また、それゆえに対戦の理論化は難しいが、もっとも理論化を困難にしていることは、対戦には人間の精神や判断が大きく関わっていることであるとしている。そして、対戦の理論化を妨げる人間の精神や判断に関わる三つの特性を明らかにしている。

理論化を妨げる三つの特性
 第一の特性は、対戦における精神的な力とその作用である。たとえば、敵対感情や勇気などがあげられる。
 第二の特性は、お互いに相手の裏をかこうとするなど、敵と味方の間にさまざまな相互作用が生ずることである。対戦ではお互いに思いがけない行動をとって相手の意表を突こうとする。予期しない出来事への対応は、プレイヤーの才能と判断に委ねられることになる。
 第三の特性は、すべての情報が不確実なことである。対戦での情報は環境なども含めすべて不確実であり、個人の才能によって推測するか、幸運に委ねざるをえない。
 このように、対戦では人間の精神や判断が大きな影響を及ぼす。このため対戦を理論化するのは大変な困難をともなうのである。

理論化を可能にする方策
 このように戦争の理論化には積極的な学説は不可能であるが、理論化の困難さを乗り切るための方策が二つある。
 第一は、困難さを知ることである。人間の精神に関わることを理論化することは困難である。しかし、知性や判断力など精神的要素が関わる程度が少ない部分は理論化の困難さは少ない。したがって、戦術レベルではある程度の理論化が可能といえる。ところが、戦略レベルになるにつれて、さまざまな判断や行動は個人の才能に委ねられるのである。状況に応じた困難さを知ることで、対戦の理論化が容易になる。
 第二は、理論は才能とともに使われてはじめてその効果を発揮するのであり、けっして理論だけでは万能の特効薬とはならないと認識することである。この認識をもとにすれば、対戦の理論化は可能である。
 このような観点からのみ「理論の確立が可能になり、実践との矛盾は消滅する」

対戦理論が目指す役割には、次の五つがある。対戦を構成するさまざまな対象を区分する、戦略と戦術など一目見ただけでは融合しているように見える対象をより鋭く区別する、対戦における手段(戦闘)の特性を明らかにする、その手段(戦闘)がもたらす効果を示す、対戦における目的の本質を明確に規定することである。
 対戦理論がこれらの役割を果たすことによって、その重要な任務はほぼ達成されると述べている。そして、対戦を学ぼうとする人々のために至る所で道に光を照らし、彼らの歩みを容易にし、判断力を養い、迷路に陥ることを防止する」のである。つまり、対戦理論はそれを読む人々の精神を養成したり自学研鑚を援助したりするものであり、対戦において人らを具体的に導くべきものではない。


ちゃんと読んだらいろいろ書き直します。
この机上論もこの辺を踏まえて、良いものにしていきたい。